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HEROES☆CAFEへようこそ♪ 幼い頃に出逢ったヒーローやヒロインにもう一度逢いに行きませんか・・・
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再会!鏡京太郎と御手洗朝子 ~ ミラーマン放送40周年記念上映会

昨年末12月のとある週末、ミニシアター「グリソムギャング」さんで行われた


ミラーマンの放送40周年を記念した上映会に行って来ました!





鏡京太郎こと石田信之さんには2006年にミラーマンイベントにて


お逢いしたことがありましたが、御手洗朝子こと沢井孝子(現在は“澤井”表記)さん


にお逢い出来るとあって非常に楽しみにしていました!!







所属事務所様のHP画像で当時と変わらぬ近影は拝見しておりましたが


実物の澤井さんは本当にお綺麗で素敵な方でした!!(#^.^#)





石田さんも澤井さんにお逢いするのは撮影時以来、まさに40年ぶり!?だそうで


『(当時と)変わらないよネ♪♪』と云うお言葉が印象的でした。








石田さんは07年に「さよならミラーマン」という回想記をお書きになってらっしゃいますが


偶然に当時の走り書きの日記が見つかったお陰で色々思い出すことが出来たと


仰ってらっしゃいましたが、澤井さんはやはり40年前のこととなると殆ど記憶が無いとの


ことでしたが、お二人で当時について語り合っているうちに少しづつ色々なお話が


飛び出して来ました。。。








ちょうど撮影当時は大映が倒産した前後だったそうで、スタッフの多くはその大映から来た


映画仕込みの腕のいいスタッフが大勢いたそうです。





澤井さんも『決して子供向けとかいう感じではなく、非常に丁寧に作ってましたよね・・』。






今でこそ出演者はクランクアップするとスタッフから花束を贈られたりするのが


恒例のようですが当時はもちろんそんな風習などなく、しばらく(共演者)の顔を見ないなぁ~


とスタッフに問うともう次の(撮影)現場に移った。。。と云うのが常だったそうで


スタート時もしかり、打ち上げとかイベント的なものは何もなかったそうです。






石田さん曰く、澤井さんは父親役の御手洗博士こと宇佐美淳也さんのお気に入りだったそうで


非常に可愛がっていらしたと。




宇佐美さんは共演者の中でも一番年長者だったし映画界からいらした方だったので


常にスタッフ間に気を配ったり、ちょっとした演技指導などよく面倒をみて下さったそうです。







撮影当初、石田さんは遅刻が多く(笑)、みかねた制作側が撮影所近くの大蔵団地を借り


スタッフと一緒に住まわされてそこから通ったそうです♪






石田さんと澤井さんは恋人同士の設定で、よくテニスをするシーンがあったそうですが


撮影中にスクールに通ってひと通り習ったんだそうです!?








最終回の夕景のシーン・・・



アップのシーンは美セン(東宝ビルト)内の高速が見下ろせる空地でのロケで


髪の毛がチリチリ焼ける程のライトを当てられての撮影でよく覚えているそうです。




また激しいアクションシーンの連続で小さな怪我が撮影中は絶えなかったそうです。





  
他にも色々なお話を沢山お聞きしたんですが、ちょっと思い出せません?!

相変わらずとりとめのない文章でスミマセン((((;^_^A




澤井さん!お目にかかれて本当に嬉しかったです!!


時折こうしてヲタクの前に現れてそのお綺麗なお姿を尊顔したいと思いますので


是非またこういったイベントに出演して下さいませ♪♪


本当に素敵な時間を有難うございました(o^-')b


澤井さんの最近の撮影のお仕事のひとつです♪♪


映像で見ると老けて見えますが実物はもっと若々しくってお綺麗な方です!!!








画像掲載にあたり、澤井さんご本人に快くご許可を頂戴致しました。
改めて感謝申し上げます 有難う御座いました。
# by heroes-cafe | 2012-01-12 18:25 | HERO☆JUNREI | Trackback | Comments(0)

ウルトラセブンを愛した市川森一さん、逝く。。。

昨日、脚本家・市川森一さんの通夜が営まれたそうです。。。





享年70歳。



日本人男性の平均寿命が79.64歳らしいから早すぎますよね・・・。







お通夜の会場では市川さんの代表作「黄金の日日」「ウルトラセブン」「傷だらけの天使」



などのテーマ曲が流れていたそうです。







「ウルトラセブン」を代表作と云って憚らなかった市川さん。



一度直接お目にかかっていろいろお話を伺ってみたかったです。。。。









昨日の通夜にはアンヌことゆり子さんも参列されたようで、



700人近い方々が参列されている中、わざわざ市川さんの妹さんから



「アンヌさんがいらしてくれて兄も喜んでいますよ・・」



と直接お言葉を頂いた、とのツイッターでの呟きを拝見しましたが、



我々がアンヌことゆり子さんに淡い恋心を抱いたのと同じように



きっと市川さんにとってもゆり子さんは“永遠のヒロイン”だったんでしょうね。。。。。。








ゆり子さんのブログにも追悼記事が上がっていますが、



私も最初にして最後に生で市川さんをお見かけしたのは06年のウルフェスのイベントでした。



その時の日記を読み返しながら、柔和な笑顔の市川さんのお顔を思い浮かべていました。









先日NHKで放映されたドラマ「蝶々さん」



市川さんが書かれた小説を自ら脚本化しご自身が手掛けた最後のドラマとなりました。



歳のせいか随分うるうるさせて頂きましたが、市川さんが長崎の諫早出身だったということを



恥ずかしながらつい最近知りました。






私の母親が戦中、親戚を頼って諫早に疎開し高校卒業まで諫早に住んでいたので



もう随分前になりますが諫早にも遊びに行ったことがありましたし



亡くなってから云うのも変な話ですが、市川さんに対して急に親近感が湧きました。



また私の記憶が間違っていなければ、母親も市川さんと同じ諫早高校出身だったはずなので



歳は母親の方が3つ上だから当然面識などあるわけもないけど、知らない所で



遠い縁があったんだと思うと生前にお目にかかれなかったことは本当に残念です。。。。












謹んでご冥福をお祈りいたします






# by heroes-cafe | 2011-12-21 12:33 | ULTRASEVEN | Trackback | Comments(0)
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