怪奇大作戦40th!上映会&トークショー②

二日目は、池谷仙克さんと熊谷健さんがゲストでした♪

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池谷さんはもう説明するまでもありませんが、成田亨氏が円谷を去った後のセブン後半から帰マンの途中まで快獣デザインを担当され、後年は実相寺監督とずっと一緒に仕事をされた美術のスペシャリストですネ♪

一方、熊谷さんはあの小津安二郎監督に憧れてこの世界へ飛び込み、小津監督の自宅へ押しかけて無理やり弟子にして頂いたんだそうですが、小津監督が亡くなるまでのたった一年程しか一緒に居られなかったそうです・・・。

また小津監督は大の写真嫌いで有名だったそうですが、いま世に出回っている写真の殆どは熊谷さんがお撮りになったものなんだとか!
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ホラーXってなんだろう?怪奇のプロット版?
小津監督亡き後、知り合いに紹介され東宝に行き、そこで円谷英二監督と出逢ったんだそうです♪時に『ゴジラ対キングコング』の撮影中だったそうです。金城氏と同じ円谷プロの文芸部に籍を置き、最初期の『WOO』の企画から参画しウルトラシリーズを影から支え続けた方です!!


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さて、池谷さんが怪奇で最初に手掛けられた作品は実相寺監督の『恐怖の電話』だったそうです。怪奇では『一般体制』と云ってウルトラの時のように本編と特撮を分けていなかったそうなので、ロケ等にも同行して美術をやってらしたそうです。

今回上映された作品で云えば、京都にも那須にも他のスタッフと一緒に行き、現場でセットを組んだり小道具等も準備されたそうです。

『呪いの壷』で使われた青磁の壷を指して『塗ってあるのがバレちゃうね!ああいうのはやっぱりちゃんと焼かないとダメだね♪』と懐かしそうに仰っていらっしゃいました(笑)。

『ゆきおんな』でのホテルの部屋に飾ってあった絵は池谷さんの筆による絵ではないそうですが、絵の具が溶け出して地図が出てくる仕掛けはやったと仰っていました。

熊谷さんのプロデューサーデビューが『ゆきおんな』だそうなんですが、何せ予算がキツかったと仰っていました(笑)。


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『マイティジャック』『怪奇大作戦』と視聴率的に大苦戦し、さらに台所事情が苦しくなっていたときに制作されたのが『ウルトラファイト』だったんだそうです!

当初は既存のマンやセブンのフィルムから戦闘シーンを抜き出して制作する予定だったそうですが、尺が足りなかったため、ああして新規に気ぐるみ同士の戦闘を撮ったんだそうです。
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『台本なんか何も無いから、とりあえずロケバスに怪獣達の気ぐるみを放り込んで、ロケ先へ着くまでの間にバスの中で台本を書いていた・・・』そうです!?一回のロケで10本分撮影して来たらしく(驚!)10本分の台本を書き上げるのは容易でなかったと当時の御苦労を懐かしそうに話して下さいました♪

『何とかこれで食繋いだ・・・!』とは熊谷さんの弁。で、番組が以外に好評だったためそのことが『帰ってきたウルトラマン』の制作へと繋がって行ったようです。

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帰マンの初期作品に登場する“グドン”や“ツインテール”のデザインは池谷さんの代表的な仕事のひとつですが、当時、池谷さんは京都で映画の撮影をされていたそうで(多分、実相寺監督の「無常」「曼陀羅」「哥」あたりだと思います・・・)最初は京都からデザイン画を送っていたそうですが、それが間に合わなくなり、そこで熊谷さんが怪獣をデザインする事になり有名な“ベムスター”や“シーモンス”“シーゴラス”が生まれたんだそうです!?この二体についてはデザインだけではなく細かい設定からストーリーまでも熊谷さんが考えられたそうで、恐らくそこから上原さんが脚本を書かれたんではないかと思います!!
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デザイン画について池谷さんは『あの当時「著作権」なんて概念が無かったから、今ならカラーコピーを渡せば済む話だけど当時は描いた物を直接渡していたからネ♪』と。中には未だに帰ってきてない、手元に無い原画も少なからずあるそうです(;^_^A『円谷だけじゃないけど何せいい加減だったからねぇ~、あの当時は・・・』『工房へ行ったら石膏が付いたデザイン画が床に無造作に落ちてたりしてネ・・・・』。

また著作権料にも話が及び、『描いて1枚幾らって感じだったよネ♪』と池谷さんが仰ったら『ちゃんと(契約を)結んでれば、最近出たグドンやツインテールの時なんか(著作料を)貰えたんじゃないの?』(笑)と熊谷さんが云えば『そうだったら今頃仕事なんかしてないよネ!!』と苦笑いの池谷さん(^_^;)

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この後に続く『ウルトラマンA』での“超獣”の設定、また小津作品を愛していた熊谷さんがウルトラの世界にも“ファミリー色を出したい♪”と云う思いで考え出されたのが『ウルトラマンタロウ』であり、それが“ウルトラの父”“ウルトラの母”の登場だったそうです!?“タロウ”というネーミングも親しみやすさを考慮して生み出されたようです♪

今夏に放映された、金子修介監督作品のTVドラマ『阿久悠物語』のなかで、阿久さんのお子さんの名前が“太郎”であったことからこの作曲依頼は嬉しかったとのエピソードが紹介されていましたが、熊谷さんと阿久さんは同い年だそうで!?、熊谷さんがタロウについてのネーミングや父や母が登場するなどの説明してあの歌詞が生まれたんだそうです!!

またオープニングのタイトルバックにはZATの様々なメカが登場するシーンが映像として流れますが、あれは実はマーチャンダイジングの問題で、本編中に特撮としてメカを毎回登場させることは金銭的に非常に大変なことなので、ああして毎回オープニングに流れる事によって視聴者のつまりは子供の購買意欲を誘う作戦だったんだそうです(笑)。
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画像の台本の数々は全て熊谷さんの所蔵です!!

とにかく毎週毎週怪獣を出すのは容易な作業ではなかったと仰っていらっしゃいました♪



怪奇大作戦から大分逸れましたが(^O^)、初期から円谷作品に関わっていらっしゃる熊谷さんや池谷さんのお話は非常に興味深くとっても面白かったです!!


『池谷さん、熊谷さん楽しいお時間を有難う御座いましたm(__)m 池谷さんには今度は実相寺監督のことをもっと伺えればと思いますし、熊谷さんにはもっともっと当時の円谷の舞台裏の事などをお聞かせ願えればと思います!!お二人とも本当に有難う御座いました(^_^)v』

おわり。
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by heroes-cafe | 2008-12-01 01:12 | HERO☆JUNREI | Comments(0)
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